介護士こじらせ系

Bandcampとユマニチュードが気になる介護職の雑記です。

施設統合、資格統合について

介護福祉士と保育士と准看護師の資格を将来的に統一する、規制緩和で併設施設を増やしたいという厚労省の検討事項の報道がなされてしました。


人手不足で「施設の統合」検討 厚労省 NHKニュース

 

取り上げてる方もおられました。


介護福祉士と保育士と准看護師を統一化。 - 男の介護ヘルパー

 

 

元のNHKの記事タイトルも「人手不足〜」なんてつけてしまうのでなおのこと印象が悪いばかりです。

それぞれの資格保持者が出来る事は当然違っているわけで、例えば僕は注射なんて中途半端な知識でやりたいと微塵も思いませんし、同じように考える人もいるでしょうから、そんな感じで安易に統合する事は不可能でしょう。

 

 

それでは運営の統一化についてはどうか。

 

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ボケ防止のカマンベールチーズ

「ワインを飲み始めてから調子が良くなったんだ」

 

そう語る利用者がうちの関係施設にいます。僕がそちらで勤務していた時に比べると物言いも動きもかなりはっきりしていて、どうなってるんだとこちらがただただ驚くばかりで、その理由を聞いた時に出てきたのが冒頭のこのコメントでした。

ワインの成分だとか、あるいはその利用者の詳細な情報ははっきり分かっていなかったので、この話が本当かどうか断定する事は到底できないのですが、いずれにしても明らかに回復しているという事だけは事実なのです。

 

 

専門家ではないので具体的に何がどう効くのかとは言及出来ないのですが、口にするものが何かしらの効能をもたらす可能性があるというのを感じたのが以下の記事でした。


カマンベールチーズにアルツハイマー病を予防する効果 - 東大などが発表 | マイナビニュース

 

ワインと言えばチーズ、という話ではないので偶然なのですが、カマンベールチーズがアルツハイマーの予防に効果があるという研究結果が出たそうです。

 

 

良いですねえ。その利用者に次に会うタイミングで、この話をしてみようかな、と思いました。

 

 

どうでも良いのですが、実験用のマウスで効果が出た、という事で人間にも同じ効果が、と公表されますが、マウスと人間って同じ効果が出るもんなんですかね?いつもちょっと気になります。

介護士が評価される、とはどういう事か

介護士とはどのように評価されるべきなのだろう、と今凄く考えます。

 

 

というのはうちの施設、今月いっぱいでまた退職者が出るんですよね。介護の退職者と聞いて違和感を感じない事自体が恐ろしい事だなあとも思うんですけどね。

 

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ビックリするくらい現代的な吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」

節約、とまではいかないまでも、YouTubeで音楽を聴く事が常の僕は今日も音楽をひたすら辿っていました。そこで今日引っかかったのはこれ。


ORA TOKYO SA IGUDA - YouTube

 

そう、吉幾三の名曲「俺ら東京さ行ぐだ」です。本当はラップ系の曲を辿っていたはずなんですが…。

 

 ニコニコ動画でも散々いじられた挙句本人の公認まで出てしまって、変な形でリバイバルしてしまったこの曲ですが、ちゃんと原曲と歌詞、そして歌う本人の姿を観ると実はビックリするくらい反骨精神に溢れていてかっこいいなーと思う曲なんですよね。

もっと言えば、結局この曲の構図って、東京に憧れる田舎、な文化がずっと変わらないんだなーと思ったのです。

 

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同じ事をただただ繰り返すのはリハビリではなく拷問だ

最大の拷問とはなんでしょう。死刑でしょうか。いや、死んでしまえば終わるという意味では終身刑のほうが、なんて。

いや、そんな話ではないんですがね。

拷問を与えるに当たって、何が一番の苦痛となるのでしょうか。こればかりは人によって様々でしょう。

 

 

一つの答えとして存在するのが、ドストエフスキーの作品の中の一節です。以下、引用です。

ドストエフスキーの『死の家の記録』に究極の拷問という話があります。それは「無意味な労働」のことです。
半日かけて穴を掘って、半日かけてまた埋めていく。その繰り返しというような仕事に人間は耐えられません。

http://eternityscape.tumblr.com/post/45003840250から。

つまり単純作業を繰り返す事が最大の拷問になってしまう、という事です。

 

 

やり始めた事をまた始めから何度となく。それは見せられた終わりをあっさりと崩され、何度も何度も振り出しに戻されるという苦しみが如何に重たいものかを表しています。

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風船バレーって実はかなり凄い

昨日のブログでは「拘縮は恥」という言葉を書きました。うちみたいな施設ですと拘縮の恐れのある利用者は一人では当然ながらありません。今日も違う利用者の拘縮予防で介助しながら体操をしていました。しかしながらかなり抵抗されまして、その方の気分も悪くなるし意地になって変に力を入れてしまうしで効果があるのかどうかさっぱり分からなくなってしまっていました。

地道に続けていくしかないよな、なんて他のスタッフとも言い合いながらレクリエーションの時間になり、その方ではない、他の利用者が好きだという理由でなんとなく風船バレーを始めました。

 

風船バレーってかなりベタですけど、周りの設備を壊したりする危険性も、利用者が怪我などをしてしまう可能性もかなり低いので手軽な割に有用なレクリエーションだな、と思っていました。運動にはもってこいなんですよね。

 

実際始めてみるとやはり皆さんアグレッシブに動かれるわけで、座りながらではありましたが随分と派手にプレーするわけです。

件の利用者はどうだったかというと、拘縮予防であれだけ抵抗していた手をビックリするくらいスムーズに動かしてプレーするではありませんか。僕らにあれだけ抵抗して不機嫌になったのはなんなんだったんだ、とガックリきながらも、改めて風船バレーの底力を思い知らされたのでした。

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歩行介助について感じている事

歩行介助。介護職にとって、利用者に寄り添って歩く事も重要な仕事の一つです。うちの施設ですと、認知症の進んだ、介護度の重い人たちばかりが利用されるので、ただ支えて歩くという事がより大きな要素になります。というか、支え無しでまともに歩く人なんていないんです。

勿論車椅子の人もいますが、そうした人にしたって、利用者によっては短い距離でも歩くように介助します。殆ど歩けないように見える状態であっても、立位が取れるような人であれば歩ける可能性があるわけで、僕たちは衰えに逆らって、可能性に縋って、介助をするわけです。

 

この辺はある種の戦いでもあります。不可逆的に訪れる利用者の衰えを少しでも遅らせるのは介護士としての力の見せ所でもあります。以前受講した初任者研修での教えを思い出します。

拘縮は恥だ」と。

利用者の身体に拘縮を起こさせるのは介護士として仕事を怠っているという証拠だという事です。介護士は利用者の最期に向かっていく運命を少しでも堰きとめる防波堤のようなものなのかもしれません。衰えの流れを少しでも押しとどめなければならないのです。

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