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介護士こじらせ系

Bandcampとユマニチュードが気になる介護職の雑記です。

介護の事故が人殺しにされる限りは介護離職はなくならない

よほどのサイコパスでもない限り、ほぼ全ての人は殺人犯になんかなりたくないだろうと思います。ぶっ殺す、なんてどす黒い感情が湧き上がったところで実際にそうするような人はあまりにも少数です、きっと。

介護という仕事は、忠実に仕事をこなした結果として殺人犯にされる可能性がある、というのが最近僕が思う事です。よく、人の生き死にに関わる、なんて表現が見られるわけですが、そんなんじゃ足りない。外から介護という仕事を見られる時、これくらいの重さを伴った表現でなければそこまで伝わってこないんじゃないかと感じるわけです。

 

そんな事を思ったのは、以前書いた記事にコメントをいただいたからです。

kaigokojirase.hatenablog.com

甘えないで
文句あるなら違う仕事しなさいよ

 

こうしたはっきりネガティブだと分かるようなコメントがいただける程に読んでいただけたのだなあとちょっと思いつつも、一方で中身が冗長なせいもあってかタイトル以上のものが殆ど伝わっていないのだと残念な気分です。まあ無駄が多いせいかもしれないのだけれども。

 

介助の結果として起きた事故を、当事者を殺人犯扱いするように吊るし上げてしまうような状態では非常によろしくない、という事です、結局は。

 

 

甘えですか?関わりがなければ、きっと介護という仕事は誰にでも出来る底辺職に見えるのかもしれません。きっと甘えだと言うような人たちは、自分で仕事を選んだんだからそんなもん当たり前だし、何かあったって自己責任だろう、とでも言いたいのでしょう。そして、その程度の仕事にしか就けないお前が悪い、とでも。

でもね、雇用形態がどうであれ、一度現場に入ってしまえば甘えている暇なんかないですよ。だいたい、毎月お給料をいただいて働いているわけですからね、甘えているような奴にそう優しくはないはずですよ。介護という仕事を蔑視しているようにすら感じますよ、少なくとも僕は。

 

こういう安直な攻撃(口撃)が行き着く先が介護の人手不足です。人手が足りなくなる施設は、それだけ輪をかけてリスクが高まりますし、そうでない施設は今いる人手をなんとか守ろうとしてリスクを避けます。

リスクを避ける、つまり受け入れを拒否する事例が増える可能性がある、という事です。これは上で取り上げた記事でも少し触れました。これは実際僕の身近でもあって、少し前の事例ですが、カテーテルを通した瞬間受け入れは出来ない、と家族に通知した施設がありました。そこに伴うリスクを想定しての事でしょう。家族からすると、より一層困って手助けが必要になる時に助けが受けられなくなるわけです。腹が立ってしまって仕方ないような話かもしれませんが、今介護を取り巻く状況を考えたら仕方ないな、とも感じます。

 

 

不慮の事故に対して、当事者同士が何かしらのやり取りをするのはどうしようもない事です。ただそうした事象に対して周囲が不必要に話題として焚きつけたり、安易なレッテル貼りをして介護にネガティブなイメージが付きまとい過ぎるのだけはどうかと思います。

 

 

介護離職0を国は目指すわけじゃないですか。事故を恐れる事を甘えだとか、違う仕事しろだなんていう風潮が少しでも存在している限りは、いざという時に介護は救いの手を引っ込めるでしょう。そうなれば家族介護はほぼ避けられず、介護離職は続く事でしょう。

別に介護という仕事を崇めよとか、特別視しろというわけでもありませんし、上から目線でいばり散らして「そんなんじゃ介護しねえぞ」なんて言いたいわけでもありません。

 

ただただ、どんなに気を配っていてもどうしようもない事故はありえる、という認識を介護に対してはもって欲しいな、と思うわけです。それがポジティブに物事が運ぶ一因になるのではないでしょうか。