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介護士こじらせ系

Bandcampとユマニチュードが気になる介護職の雑記です。

歩行介助について感じている事

歩行介助。介護職にとって、利用者に寄り添って歩く事も重要な仕事の一つです。うちの施設ですと、認知症の進んだ、介護度の重い人たちばかりが利用されるので、ただ支えて歩くという事がより大きな要素になります。というか、支え無しでまともに歩く人なんていないんです。

勿論車椅子の人もいますが、そうした人にしたって、利用者によっては短い距離でも歩くように介助します。殆ど歩けないように見える状態であっても、立位が取れるような人であれば歩ける可能性があるわけで、僕たちは衰えに逆らって、可能性に縋って、介助をするわけです。

 

この辺はある種の戦いでもあります。不可逆的に訪れる利用者の衰えを少しでも遅らせるのは介護士としての力の見せ所でもあります。以前受講した初任者研修での教えを思い出します。

拘縮は恥だ」と。

利用者の身体に拘縮を起こさせるのは介護士として仕事を怠っているという証拠だという事です。介護士は利用者の最期に向かっていく運命を少しでも堰きとめる防波堤のようなものなのかもしれません。衰えの流れを少しでも押しとどめなければならないのです。

 

 

歩行介助と言う時、僕は二つの意味を頭に浮かべます。

 

 

一つは歩行移動時に片手引き、両手引きなどの形で歩く利用者を支える、あるいは向かいたい方向に誘導する介助です。

もう一つは、歩く、という機能を維持する為の、訓練の意味を伴った介助です。

 

前者は支える意味合いがかなり強い介助です。移動する事が一番の目的になってきます。だから、場合によっては、利用者によっては介助者に体重を預けてしまうような形でアンバランスなまま歩く状態も出てきます。引っ張るのに近い状態もありえます。足が一歩一歩運ぶからオッケー、というくらいの感覚かもしれません。勿論、この足が出る、という事自体も重要な事なんですけどね。

ただ基本的に、前者は訓練的な意味合いは希薄です。そこで後者です。

 

後者の場合ですと、僕の場合は前者での介助とはだいぶやり方が変わってきます。力の使い方としては、倒れないように支える程度で、アンバランスな状態を引っ張ったり、誘導する為に引っ張る事はまずありません。あくまで、利用者本人が自分の力をどう引き出せるかが重要です。

訓練としての歩行介助の場合は、歩行に入る前から介助が始まります。

足元がふらつく利用者については、自分でバランスが取れるよう最低限の力しか使いません。立位の段階で、転倒しないという点だけ抑えたら後は利用者が自分でその場所を見つけ出すまで支えるだけです。

俯き加減の姿勢であれば、視線を上げるよう促します。前傾姿勢が強ければ少し引っ張り上げてでも視線を上げます。

 

歩き出しも、一歩目を促すように引っ張った後は利用者の足が運ぶがまま。足が止まったら再び促すだけです。バランスを崩しそうになったら、バランスの調整からやり直します。

 

 

側から見たら、介助が最低限なので少し危なっかしいかもしれませんし、進みが遅いので足が動いていませんから、歩く練習出来てるの?というくらいに見えるのかもしれません。

 

 

先に述べたように、誘導に対して、手引きによって引っ張られる事に対して足がついてくる事は重要です。ですが、皆んなが同じ事をするのであれば、違う視点から、僕の場合だと自分自身で体のバランスを取り、自分の意思で足を出すという練習も必要だと思うので続けていきたいと考えています。

 

 

歩く、という日常の何気ない場面であっても細分化すればまだまだ分からない事だらけだなーと感じています。