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介護士こじらせ系

Bandcampとユマニチュードが気になる介護職の雑記です。

介護職の「悪役」

以前も取り上げましたが、また村上春樹さんのサイトから。

 

死を受け止める場所を作る - 介護士こじらせ系

 


父を傷つけずに運転を止めさせたい - 村上さんのところ/村上春樹 期間限定公式サイト

 

 人が何かを出来ない、と諦める瞬間というのは寂しさがどことなく漂うもので、高齢者介護の仕事の場合だと、どうしてもそれぞれの利用者が何かを一つずつ出来なくなっていく姿を否応なしに見せつけられるのでいつも寂しい気持ちにさせられます。もちろん、少しでもその瞬間が訪れないよう、僕たち介護職の人間が様々な方法で生活のあらゆる場面での支援を行うし、リハビリスタッフが機能訓練を行うわけですが、介護施設を利用する高齢者にとっての身体機能は猛烈な向かい風にさらされているようなもので、一つ一つの身体機能はしがみついてもしがみついてもいつか吹き飛ばされてしまうわけです。そんな中でむしろ機能が回復する人もいるので、そこに喜びと面白さを感じるわけではありますが。

 

 

本人がこうしたい、あれが出来るようになりたいと言う事に対して、寄り添って支援するのが介護職としての基本スタンスなのでしょうが、一方で誰が見ても無理だろう、という事に執着する利用者に対していつまでもただただ肯定的に寄り添う事も残酷な事なのかもしれない、と今回のやりとりを見て思うんです。本人の意向という理想と現実の姿が乖離していく中で、いつまでも理想に付き合う事が正しい事なのだろうか、と。

 

 

 

人間誰しも大人になるにつれて、現実と折り合いをつけながら成長していくものです。様々な場面で、村上さんが言うように誰かしら「悪役」が登場して引導を渡されていきます。いい大人がプロ野球選手になりたいなんていつまでも言い続けるのは滑稽なものです。誰にでもフィールドオブドリームスがくるわけじゃない。

 

 

 

いつまでもイエスマンでいる事が正しい寄り添い方ではないわけです。現実を受け入れられない事はかえってその人を不幸にするだけです。

時には「悪役」を引き受け、引導を渡しながら、結果的に利用者が現実に前向きになれるまで向き合えるが寄り添うという事であり、介護職の役目なのだろう、とこの記事を読んでいて思ったのでした。