読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

介護士こじらせ系

Bandcampとユマニチュードが気になる介護職の雑記です。

死を受け止める場所を作る


身近な人の死の受け止め方 - 村上さんのところ/村上春樹 期間限定公式サイト

 

先月末まで、作家の村上春樹さんが期間限定で質問を受け付けていたのはご存知ですか?まあ有名な方なので知ってる方が大半だとは思うのですが、何となく冒頭を質問の文体にしてみました。

僕も飲んだ時の勢いで何か質問をしたのですが、何を書いたのかは覚えていません。万が一名前が出るようなら最高にラッキー、といったところですが、何だか恥ずかしいような気もしますね。

 

 

ちなみに僕は結構村上春樹さんの作品は読んでました。ただ、一つ一つの作品より彼のエッセイを読む方が好きです。小説ではハードボイルド的というか、クールな印象の強い文章を書かれる事が多いように思っていますが、エッセイではクールというよりは淡々としているというか、特別飾り気のないような、スッピンな村上春樹さんが感じられます。それが凄く好きなんですよね。

僕が一番好きなのはこれ。

走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること

 

 

一時期ジョギングにハマった時、この本を読んでジョギングに輪をかけて没入していったような記憶があります。最近はご無沙汰なのでそろそろ復活したいなあ。

 

 

話が逸れましたが、冒頭に貼り付けた村上春樹さんの質問者とのやり取りが気になったので取り上げます。

 

仕事柄、というと何だか嫌な感じもしますが、やっぱり介護は他の仕事に比べて死に一歩近づいた距離感で仕事をしているような感じがしています。過去にも死を取り上げて記事にした事があります。

悲しい事が悲しいと素直に言える介護士に。 - 介護士こじらせ系

 

 

今回の質問に対しての解答も、実に彼らしくて良いなあなんて(人の死が良いなんて事はないんだけども)思います。急に誰かが亡くなる事で出来る空洞、なんとなくわかるような気がします。誰々が亡くなったと聞かされる事の多い僕ら介護職なんて、その見方の通りにいけば小さな空洞だらけの人間になってしまうような気がします。どんな形であれ埋まってはいきますが、完全に埋まり切る前に新しい空洞が出来てしまうかのような。

 

埋めても埋めても空洞が出来てしまうばかりでは、きっとそのうち埋めなくても良いや、と体が反応しなくなってしまうんじゃないか、と少し思います。空洞があるのが当たり前、隙間風だらけの人間にはなりたくないものです。

 

村上春樹さんがいうように、無理に空洞を埋める必要はないと僕も思いますが、でもきっと、介護に関わる人は他の職種の人よりほんの少しだけ、埋まる事を意識出来る何かをもたなければいけないんじゃないか、と思います。それは自分の没頭出来る趣味だったり、我を忘れて取り組めるようなものだったり。

 

 

人の死が悲しみを引き起こすのであれば、その結果として出来る空洞が出来る余地を次の利用者の為に作っておく事も一つの受け止め方として必要なんじゃないかな、と思うのです。

 

 

今日はジャズが聴きたくなりました。


John Coltrane Quartet Ballads full jazz album - YouTube